ガーリッシュ・ビルドゥングスロマン

 

遠の眠りの

遠の眠りの

 

 

『パラサイト 半地下の家族』第92回アカデミー賞で作品賞など4冠獲得!
おめでとうございます。
混む前に見ることができてよかった。
 
『遠の眠りの』谷崎由依著を読む。
ガーリッシュ・ビルドゥングスロマン
NHKの朝ドラっぽい。
 
福井の貧しい家に生まれた女の子。
小さい時から本を読むのが好きだった。
家を出て人絹工場で働く。『女工哀史』ではないが、過酷な労働環境。
手先が器用でなかった彼女は当然給金もわずか。
同僚がファッションや化粧品などに散在するが、興味なし。
貸本屋で『人形の家』などの本を借りて読むのが唯一の息抜き。
 
会社の寮で同僚の女性から雑誌を借りる。
青鞜』のバックナンバー。
方言を話さず、颯爽としたきれいなひと。
青鞜』に載っていた与謝野晶子の詩などに感銘を受ける。
さまざまなものを読むうちに、
物語を書いてみたいと漠然と思うようになる。
 
当時、福井県の人絹工場はバブル期で好景気だった。
そこにモダンな百貨店が創業する。
見るものすべてがモダン。
集客の目玉として少女歌劇団をつくる。
ダメもとで応募したら運よく採用となる。
 
なんとか彼女の書き上げた原作が採用されるが。
少女歌劇のシーンは高野文子の『おともだち』 が浮かぶ。
 
おともだち (新装版) (単行本)

おともだち (新装版) (単行本)

 

 時代は戦時下へ。

団員の美声の少年との出会い、
青鞜』を貸してくれた女性のその後のいきさつ。
終戦の日、デパートなど焦土と化した福井の街で
終わりを迎える。

近々で読んだものは金子文子の自叙伝『何が私をこうさせたか』と重なる。
貧しさに負けることなく作家になった林芙美子
佐多稲子の『キャラメル工場から』とも重なる。
 
人絹バブル、少女歌劇団ユダヤ人の日本への亡命…。
資料から構築された小説舞台がとてもリアリティがあって
主人公が実在する人物に思えてくる。
 
2019年に刊行されたとは思えない。って、もち、誉め言葉。
挿画蕗谷虹児だし。
 

なり上がり大作戦

 

『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ監督を見た。
評判通りの映画だった。
 
ごみごみした下町の半地下に住む家族。高級住宅地の豪邸に住むセレブ家族。
夫はITベンチャー企業のオーナーか。
妻は当然、美人。料理や家事は苦手で前のオーナー時代からの家政婦まかせ。
 
まったく縁はないのだが、細い糸を伝ってセレブ家族を食い物にしようとする。
その仕掛けが実に巧妙。天才的ペテン師一家。
太陽がいっぱい』のトム・リプリーばり。
 
韓国での厳しい大学受験戦争は知られているが、
せっかく大学を出てもなかなかいい就職先につくことができない。
韓国文学好きなら百も承知のことだけど。
 
ギャップ(格差)は創作のネタになる。
ジェネレーション、ジェンダー、文化・風習、年収など。

この映画ではギャップ(格差)をはじめは風刺的ユーモアで表現している。
半地下の家族が底辺だと思ったら、
なんと地下の家族、正しくは夫婦が出て来る。
このあたりから、ホラーめいてくる。凄みをましていく。
セレブ家族の家政婦、邦画なら柴田理恵かな。

父親役のソン・ガンホはもちろん登場人物のキャラクターもよい。
 
計画がおジャンになって父親が息子に計画は立てるから失敗する。
計画しなければ失敗もない。と言う。
賛同できるし、できない。
 
希望を持つから失望する。希望を持たなければ失望もない。
というのもある。
やっぱり、これも賛同できるし、できない。

いろんな味が楽しめるブテチゲ(部隊鍋)のようなこってりとした作品。

センス・オブ・ワンダーがキラキラ

 

となりのヨンヒさん

となりのヨンヒさん

 

 

『となりのヨンヒさん』チョン・ソヨン著 吉川凪著を読む。
行間からセンス・オブ・ワンダーがキラキラしている。
 
まあカテゴリーでいえばSF短篇集。
ハードなんだけど、なんか
ポップでオタクっぽいSFアニメって感じがする。
押井守の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』とか。
あるいは、吾妻ひでおのSF不条理漫画の絵が浮かぶ。
何せおっさんなもんでのお。
美少女と気味悪い宇宙生物のひとコマ。
 
ちょっとだけ感想。
 
『デザート』
 
しょっぱなの作品に面食らう。だってデザートとつきあっている女の子が出て来る。
彼がデザート?しかも、移り気らしくて次々とつきあうデザートが変わる。
はは、スイーツのトレンドみたいだね。
日本だったらモテモテだった「タピオカ」くん、そろそろ人気に陰りが出るころ。
 
『宇宙流』
 
一転、少女がアクシデントにも負けずに夢をかなえる話。囲碁がキーとなっている。
セカイ系というと誤解されるか。宇宙系。まんまだ。
これは十分長篇になる作品だと思うが。
 
『アリスとのティータイム』
 
アリスは『不思議の国のアリス』じゃなくってアリス・シェルドン。
ペンネームは、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
作者が強い影響を受けたというジェイムズ・ティプトリー・ジュニアは、
「実は女性で」「SF小説ジェンダーフェミニズムなどのテーマを盛り込み」
サイバーパンクSFの先駆者」の一人だそうだ。
彼女の生涯を踏まえて、時制を超えてリスペクトやまないアリス・シェルドンと対話する。
 
『となりのヨンヒさん』
 
運よく一等地の格安物件に入居できた「高校で美術を襲えている講師」。
事故物件ではないが、おとなりさんは異星人だった。
名前は地球人(韓国人)風だが。
はじめは奇異な容貌に腰が引けていたが、次第に親近感を増していく。
でも…。
異星人はぼくたちがなんとなく排除したがる対象のメタファーと見ると
意味が深くなる。外国人、民泊施設、幼稚園、老人ホーム、火葬場などなど。
 
『最初ではないことを』
「中国に語学研修」に行った友人が謎の伝染病にかかる。
危険な手術を受けることになったが。
新型コロナウィルスが蔓延している今とリンクして困る。
 

恐怖は愉しい

 

銀の仮面 (創元推理文庫)

銀の仮面 (創元推理文庫)

 

 『銀の仮面』ヒュー・ウォルポール著 倉阪鬼一郎編訳を読む。

ヒュー・ウォルポールは『恐怖の愉しみ 上』平井呈一編訳で『ラント夫人』を読んだことがある。

この本も何やらゴースト・ストーリー集かと思ったら違った。
良い意味で期待を裏切られた。

『銀の仮面』に今頃魅了されたんかいと思われるかもしれないが。
もちろんゴースト・ストーリーもある。
よく「人が一番怖い」と言われるが、「イヤミス」系、まさにそんな短篇が半分ほど入っている。
 
ほら、朝の電車ではずみで隣の人の靴を踏んでしまった。
あやまったが、怒りはおさまらないようで、会社のある駅までついてくる。
遠回りしてまくとか。電車の時間を変えるとか。
それでもなぜかついてくる。

以下短い感想を。
 
『銀の仮面』
人の小さな親切をきっかけにどんどん入り込んでくる人。
マインドコントロールでもされているような状態。怖い!
 
『敵』
こちらは友人と思ってないのに向こうから親しげに接してくる男。
あるあると読み進むと意外な結末。うまい!
 
『トーランド家の長老』
善意を押し売りする中年婦人。空気などまったく読めないので
タブーとされていることを次々とぶち破る。
でも、善意だと思っている。
主である老婆。なんとかそれを阻止しようとするが…。恐るべき、おばさん!
 
『みずうみ』
ターナーの風景画を思わせる美しい山の湖。夜、生き物のように「忍び寄る水」。
本格的なゴースト・ストーリー。
 
『虎』
ニューヨークに仕事で訪れた英国青年。
ってイングリッシュマン・イン・ニューヨークか。
虎に襲われる寸前で目が覚める。悪夢が正夢になったのか。
虎は見知らぬ国で過ごす不安の象徴化なのか。
ニューヨークの猛暑せいなのか。
獣のにおいがする。青年の病的な妄想なのか。

帰国子女の93年の生涯

 

鶴見俊輔伝

鶴見俊輔伝

  • 作者:黒川 創
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/30
  • メディア: 単行本
 

 

鶴見俊輔伝』黒川創著を読む。
 
鶴見俊輔の評伝を書くならば、著者が最適。理由はこのエントリーの後半に。
分厚いが、かなりわくわくしながら読み終えた。
かなり大胆に踏み込んだ内容。
それから遺族から提供された数々の写真が時として文章以上に強く迫って来る。
幼少時は絵に描いた戦前の良家のかわいらしいおぼっちゃま。
少年になるとやけに目つきの鋭い顔になる。
親や学校に理由なき反抗をして時代。ふと尾崎豊を連想した。
 

「二度の自殺未遂を起こして、これも含め三回、精神病院(親類の佐野病院)に入院した」
「年上の女性たちとの情事が、それまでのあいだに幾度かあった」

 

自殺未遂の動機の一つが「母の厳しい鍛錬」にあったと姉・鶴見和子は書いている。
 
アメリカで自身をリセット。
ハーヴァード大学で哲学、プラグマティズムを学ぶ。
カルナップ、クワインとほぼマントゥーマンで講義を受ける。
英語はある日突然、霧が晴れるようにわかるようになったとか。
戦時下、日米交換船で帰国するときはどんな思いだったのだろうか。
 
帰国後、すぐさま徴兵検査となる。

「軍属のドイツ語通訳として、海軍に志願」。「インドネシアのジャワ島ジャカルタ」へ。

 

敗戦を迎える。
英語ができる「ハーヴァード大学卒業生」ゆえGHQからの誘いはあったが、
断わり、「無職」の状態が続く。
まもなく雑誌『思想の科学』を仲間、同好の士と発刊する。
鶴見俊輔丸山真男武谷三男、武田清子、渡辺慧
「1951年 思想の科学研究会会員名簿には120名の会員」が載っている。
そうそうたるメンバー。大学時代に心理学を学んだ乾孝先生の名前があった。
磁場となって理系、文系に関わらず新しい知性を引き寄せた。
 
思想の科学』は順風満帆ではなかった。講談社の支援も一時期あったが、諸事情で
打ち切られる。
思想の科学研究会会員が大所帯になるにつれ、世代差などで考えのギャップが生じてくる。
 
雑誌も時とともに風化していく。つーか生き物のようなものでいつしか使命を終える時が来る。
 
「米軍の北ベトナム爆撃」に対抗して、「ベ平連(ベトナムに平和を!市民・文化団体連合)」をスタートさせる。「脱走米兵」支援などおぼろげながら活動を覚えているが、この本で全貌を知ることができた。
 
著者の父親が京都べ平連の事務局長を務めていて、集会に父子で出る写真が出ている。
小学生の時に原稿が『思想の科学』に掲載され、原稿料をもらったそうだ。その縁で鶴見の晩年時代もつきあいがあった。
 
鶴見にとってアメリカは好きで嫌いな国だったのだろう。「米国留学時代の思い出に続けて」アメリカをこう評している。
 

「今日、ぼくはアメリカを好まない。けれども、ぼくたち日本人よりも高い倫理の下に暮らしていることを、身にしみて感じる。日本人の軍人軍属は、ことに中国で理由なしに強盗、サギ、強姦、殺人、暴行をはたらいた。自分の家の外のものにたいして思いやりを持たぬように、自分の国のそとのもにたいして思いやりがないのだ」

 日本の伝統の特徴をこう述べている。

 

「戦争中にさかんに声高に唱えられた思想の流儀が、―略―不謬の普遍的原理をしなえるものとして日本の伝統を理想化しました。それは日本の伝統を歪めてとらえる結果になりました。日本の伝統は、―略―人間を縛るような普遍的断定を避けることを特徴としています。この消極的性格が、日本思想の強みでもあります。普遍的原理を無理に定立しないという流儀が、日本の村に、少なくとも村の中の住民の一人であるならばその人を彼の思想ゆえに抹殺するなどということをしないという伝統を育ててきました。―略―それは西洋諸国の知的伝統の基準においてあまり尊敬されてこなかった、もうひとつの知性のあり方です」

(『戦時期日本の精神史1931-1945年』より)

 

 
現状では共同体的な村は崩壊の危機にある。
曖昧な態度は白か黒かと選択を迫られるようになってきたのではないだろうか。
 
作者はあえて関係者にインタビューをしないで「歴史学で言う一次資料とそれをめぐる
史料批判を重く見た」。
確かに、近しい存在ゆえに客観視しなければ評伝にならない。
 

フードは風土 発酵ハンター参上!

 

日本発酵紀行 (d47 MUSEUM)

日本発酵紀行 (d47 MUSEUM)

  • 作者:小倉ヒラク
  • 出版社/メーカー: D&DEPARTMENT PROJECT
  • 発売日: 2019/05/24
  • メディア: 単行本
 

 近所のスーパーマーケットであやめ雪というカブが安く売っていた。

ネットでレシピを探して甘酢漬けにする。
かんたん酢でなくても3倍酢はかんたんにつくれるのか。
 
『日本発酵紀行』小倉ヒラク著を読んだせいかも。
作者が発酵をテーマに日本全国を巡る旅。
今ではネット通販でかなりネイティブな発酵食品でも入手できるようになったが、
それはメジャーなもので、中には幻となってしまったものもある。
発酵食品は主に「調味料、漬物、酒に分類される」
作者は細いつてを頼りに、あるいはアポなしで強引に幻の発酵食品を探しに行く。

「この旅は、水と土と微生物が織りなす発酵という文化から、日本という土地に生きてきた人々の記憶を掘り起こす試みだ」

 

その土地土地で根づいている発酵食品は先人のトライ&エラーのたまものだろう。
もっとおいしくするため。もっと保存ができるように。あるいは、廃棄物の再利用など。
発酵ハンターが出会った「ローカル発酵食品」。
そのルーツやおいしさは読むだけでお腹が鳴って困る。
 
たとえば八丁味噌
ぼくは取材帰りに名古屋で煮込みうどんやおでんをごちそうになったが、
カルチャーショックを受けた。
作者はこう説明している。

「味噌のイメージを覆す濃厚なコク、酸味・苦味・えぐ味が織りなす重厚なハーモニーはまさに大陸由来のディープルーツな味だ」

 

作者は
 

「土地の属性から発酵のカテゴリーを体系化できるのではないか」

 

 

「海の発酵―旬を逃さず旨味を極める」「山の発酵―土に根ざした工夫の宝庫」「街の発酵―地の利を活かして価値を醸す」「島の発酵―閉鎖環境で生まれる多様性」

 分類している。

「島の発酵―閉鎖環境で生まれる多様性」の一例で青ヶ島の焼酎をあげている。
行くのも大変な離島でなぜ焼酎が独特の製法でつくられるようになったのか。
そのルーツもドラマチック。さらに蔵の中で聞こえた発酵する音。
このくだりが感動的。
 
「ローカル発酵食品」は、消滅の危機にある。消滅したものもあるとか。
 

「土地の記憶を宿し、風土を体現する発酵文化はローカリティの拠り所、希望の拠り所になるはずだ」

 横文字でいうとソウルフード

野沢菜の漬物はやっぱり野沢温泉村の民宿でスキー後に食べるのがいちばんうまいし。
 

短文には短文で

 

 食いしん坊のきみは、懐石弁当のようだと言う。

石好きの友人は、鉱物標本セットみたいだと。
漫画家の卵さんは、色鉛筆セットねと。
プラネタリウム好きの従兄は万華鏡って感じかなと。
 
『kaze no tanbun 特別ではない一日』を読む。